ここ数ヶ月、真歩がこの教室に出向き彼女に会う時は、ちぇりは常にこういう格好をしていた。このダンゴムシじみた姿勢でスマホと対峙しているのだ。会話するときも同様。顔を上げて見せることなど滅多にない。
もはやちぇりという人間は生来こういうスタイルで、基本的にこの姿勢で固定されているんじゃないか、とすら思ったりする。
その想像は、あまり笑えるものではなかった。
1ゲームを終えたらしい。ちぇりが溜息をひとつ、近くの椅子を適当に持ってきて窓際に腰掛けている真歩に向けて、リザルト画面をフリックしながら告げる。視線も顔もスマホを向いたまま。
「さっきやめたゲームってさ、」
「わたしが作ったゲーム」
「さっきやめたゲームってさ、」
「わたしのね。昨日公開した」
「……スコアを競うとかはないの?同じゲームやってるグループの人とか、知らない大勢とかとの。あなたは何万位ですーみたいな。ああいうのあると、いいよね。他の人もやってる安心感っつーか?そういうのあるし。張り合いたいし」
「ないね」
ほんの少しだけ顔を上げて、ちぇりは真歩の顔を見た。本日において初めてのことである。
「それ変だよ絶対。あんたみたいな変わり者はネットの国に他にもいくらでもいて、沢山ゲーム作られてるんでしょ?大体あるんじゃないの?」
「ほとんどないかな。個人が作るようなゲームって基本的にネットにはつながらないから」
一瞬だろうがあからさまに嫌そうな顔をしてくれたのが、真歩にとっての唯一の救いだった。何も多くを望んではいない。本心を隠されるよりは、ずっとマシな事態だったから。
ふと、真歩の視界に何らかの光が見えた。隣の壁と床の間に座り込み、プレイを再開したちぇりのスマホのゲーム画面だった。美しいエフェクトの光輝が連続し、何らかのパラメータに高い効果を与えたことを告げていた。
ちぇりはまるでスマホを抱くような姿で、黙々とゲームに対峙している。
ちぇりはまるでスマホを抱くような姿で、黙々とゲームに対峙している。
「ねえ」
次の言葉を出すのには時間がかかった。圧力もかかった。並大抵ではない決心が必要だった。格好悪いから必死に隠していたが、真歩は背中に得体の知れないものが這うような感覚を覚えていた。妙な汗が額を濡らすのを感じる。
圧力をギリギリで切り抜ける。
昨夜アップロードを終えたばかりの、あの新作の構築には幾多もの苦難があった。とにかく多大なる労力と時間を割いたのだ。学業に差し障りのない形を目指してはいたが、もしかしたら、受験勉強すら削ってしまったかもしれない。だとしたらそれは、ある個人の人生の一部を犠牲にしたことになりはしないか。
圧力をギリギリで切り抜ける。
昨夜アップロードを終えたばかりの、あの新作の構築には幾多もの苦難があった。とにかく多大なる労力と時間を割いたのだ。学業に差し障りのない形を目指してはいたが、もしかしたら、受験勉強すら削ってしまったかもしれない。だとしたらそれは、ある個人の人生の一部を犠牲にしたことになりはしないか。
圧力を無理矢理に無視する。
「……面白かった? わたしのゲーム」
僅かな間すらなく、ちぇり、平然と返答、
「いや」
いてもたってもいられなくなり、矢継ぎ早に、「じゃあ」と切り替えして、
指差すはちぇりのスマホのゲーム、
指差すはちぇりのスマホのゲーム、
「それ、面白い?」
訊いてしまった。
質問を声に出しながら、なんてことを言っているんだ、と真歩は即座に自責した。それだけは、それだけは避けたかったのに。あらかじめ、そう決めていたのに。
真歩の勝手気ままな焦燥など知る由もない。あの、まるで始めからそうだったかのような丸まった姿勢で、ちぇりはきらめくマニキュアの指先の最適操作でゲームの最大点数を狙いながら、
「いや」
と、即答した。
<おわり>
<おわり>
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