2017/01/06

手狭な指先



ちぇりは夕陽差す教室の後部の隅っこ、壁と床の間に屈み込み、狂気の沙汰と言えるまでに背を丸めた姿勢で、手にしたスマホ用のゲームに向かっている。

ここ数ヶ月、真歩がこの教室に出向き彼女に会う時は、ちぇりは常にこういう格好をしていた。このダンゴムシじみた姿勢でスマホと対峙しているのだ。会話するときも同様。顔を上げて見せることなど滅多にない。

もはやちぇりという人間は生来こういうスタイルで、基本的にこの姿勢で固定されているんじゃないか、とすら思ったりする。

その想像は、あまり笑えるものではなかった。

1ゲームを終えたらしい。ちぇりが溜息をひとつ、近くの椅子を適当に持ってきて窓際に腰掛けている真歩に向けて、リザルト画面をフリックしながら告げる。視線も顔もスマホを向いたまま。

「さっきやめたゲームってさ、」

「わたしが作ったゲーム」

「さっきやめたゲームってさ、」

「わたしのね。昨日公開した」

「……スコアを競うとかはないの?同じゲームやってるグループの人とか、知らない大勢とかとの。あなたは何万位ですーみたいな。ああいうのあると、いいよね。他の人もやってる安心感っつーか?そういうのあるし。張り合いたいし」

「ないね」

ほんの少しだけ顔を上げて、ちぇりは真歩の顔を見た。本日において初めてのことである。

「それ変だよ絶対。あんたみたいな変わり者はネットの国に他にもいくらでもいて、沢山ゲーム作られてるんでしょ?大体あるんじゃないの?」

「ほとんどないかな。個人が作るようなゲームって基本的にネットにはつながらないから」

一瞬、あからさまに嫌そうな顔をして、ちぇりは視線をスマホに戻した。そこで繰り広げられるリッチな2D処理を施された時間制限付きパズルゲームに。

一瞬だろうがあからさまに嫌そうな顔をしてくれたのが、真歩にとっての唯一の救いだった。何も多くを望んではいない。本心を隠されるよりは、ずっとマシな事態だったから。

ふと、真歩の視界に何らかの光が見えた。隣の壁と床の間に座り込み、プレイを再開したちぇりのスマホのゲーム画面だった。美しいエフェクトの光輝が連続し、何らかのパラメータに高い効果を与えたことを告げていた。

ちぇりはまるでスマホを抱くような姿で、黙々とゲームに対峙している。

「ねえ」

次の言葉を出すのには時間がかかった。圧力もかかった。並大抵ではない決心が必要だった。格好悪いから必死に隠していたが、真歩は背中に得体の知れないものが這うような感覚を覚えていた。妙な汗が額を濡らすのを感じる。

圧力をギリギリで切り抜ける。

昨夜アップロードを終えたばかりの、あの新作の構築には幾多もの苦難があった。とにかく多大なる労力と時間を割いたのだ。学業に差し障りのない形を目指してはいたが、もしかしたら、受験勉強すら削ってしまったかもしれない。だとしたらそれは、ある個人の人生の一部を犠牲にしたことになりはしないか。

圧力を無理矢理に無視する。

「……面白かった? わたしのゲーム」

僅かな間すらなく、ちぇり、平然と返答、

「いや」

いてもたってもいられなくなり、矢継ぎ早に、「じゃあ」と切り替えして、

指差すはちぇりのスマホのゲーム、

「それ、面白い?」

訊いてしまった。

質問を声に出しながら、なんてことを言っているんだ、と真歩は即座に自責した。それだけは、それだけは避けたかったのに。あらかじめ、そう決めていたのに。

真歩の勝手気ままな焦燥など知る由もない。あの、まるで始めからそうだったかのような丸まった姿勢で、ちぇりはきらめくマニキュアの指先の最適操作でゲームの最大点数を狙いながら、

「いや」

と、即答した。

<おわり>

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